ピアノを弾く男 タイトルには「ピアノを弾く男」と書きましたが、広い意味で、鍵盤楽器を弾く男性の事を書きます。(「鍵盤楽器を弾く男」では、響きの悪いタイトルなので)。
僕が中学三年生になるまで、ピアノやエレクトーンを弾ける男子というのは嘲笑の対象にされていました。「女みたい」と言われたのです。 僕は自分の意志で、鍵盤楽器を小学三年生の頃から中学三年生まで習いましたが、その事は仲のいい友達にもひた隠しにしていました(親友の浦でさえこのエッセイを読むまで知りませんでした)。 実際、僕が音楽室でピアノを弾いていると「オンナー!」「オカマー!」などと言われたものです(注:これは僕の風貌から言われたことでは決してありません)。
本音を話してしまうと、僕もレッスンは大嫌いでイヤイヤ続けていたのですが、中学生になって音楽を始めると、ピアノを弾くのが楽しくなってきました。 しかしクラスメイトには恥ずかしくて、そんな事は絶対に言えなかったのです。
そんな状況が、ある日を境に一変しました。YMOの出現です(僕が中学三年生の時にYMOはデビューしました)。 YMOのブームと共に、ピアノやシンセサイザーを弾ける男がカッコ良くなりました。それは、本当に劇的な変化でした。 バンド仲間の前で、ピアノやシンセを弾くと「弾けていいなあ」「カッコいいなあ」と言われるようになりました。 僕はテクノブームのずっと前からシンセは何台か持っていたし、友達が来ると「弾いてくれ」と言われるようになったのです。
今では男がピアノやシンセを弾いていても、なんの違和感もありません。「オンナー!」と言う奴もいません。 安いキーボードを買えば、誰でも本格的な音楽が、簡単に作れる時代になりました。 僕は、電子鍵盤楽器が日進月歩する真ん中で10代を過ごす事が出来て、とても幸運だったと思います。 しかし、僕よりも上の世代には「オンナー!」と言われたままの人たちも、きっと沢山いたはずです。 クラスメイトの無責任な冷やかしを恐れて、好きで弾いていたピアノや鍵盤楽器のことをひた隠しにしていた僕たちというのは、一体なんだったのでしょうか。 楽器が弾けると冷やかす、だから楽器が弾ける事を隠さなければならない。これはとても悲しい事でした(それと同様に、楽器が弾けるのを自慢する事も悲しいことです)。 僕たちを奇異の目で見ていたクラスメイトは、今の時代を見てどう思っているのでしょうか。
あの頃、こっそりと音楽室で一緒にピアノを弾いたクラスメイトの笑っている横顔や、響くピアノの音を、たまに思い出す事があります。 それはもちろん、僕には「楽しかった想い出」として記憶され、輝いているのです。
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