2010年 6月10日 更新
「ジューシィ・フルーツ」に追加&追記

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このコーナーではKENNYが思い入れのあるレコードやCDを中心に、思いつくまま書き殴ります。文体などがメチャクチャになる場合もありますが、そのままの勢いでアップしていきます。

  ※ 気が向いた時に更新(でも頻繁に更新される気がする)

  ※ 過去ログは消えて行くような気がする

映画や本の話も書き殴ってみます。あ、これ自分も好き!というのがありましたら、掲示板「シンテラー会話の部屋」に書いてくれると嬉しいです。

では、メジャーな物からマニアックな物まで書き殴ります。


★★ お知らせ ★★

「KENNYの趣味趣味ブログ」にもCDや本などのライナーを書いております(今後そちらにシフトする可能性あり。こちらに転載の場合あり)。随時更新しておりますのでブログもご覧下さいませ。

NEW!! 好きな事だけ書くblog作りました
「KENNYの趣味趣味ブログ」
随時更新/同じ趣味の人みんな来い来い

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森川タマミ 少女漫画家


考えてみると、僕は少女漫画を全くというほど読みませんでした。自分で買ったのは「ガラスの仮面」と、森川タマミさんの「熱風マウンドBOY」だけじゃないかと思います。

森川タマミさんという人は、昭和50年代に人気があった漫画家です。「危険なふたり」「危険がいっぱい(全5巻)」「アイ・ラブOK!」などを連載していましたが、これ以降はどうやらマンガを描いてないようです。おそらく実質的に引退してしまったのでしょう。

僕は妹が全部のマンガを持っていたので読みました。面白かった。タイトルで判る通り、ジュリーのファンらしいです。読んでいた人なら「のわんちって(な〜んちゃっての意)」というセリフを憶えている事でしょう。

森川タマミさんと聞いて誰もが必ず思い出すのが「絵がヘタ」という事だと思います(失礼!)。本当に今読み返しても、とてもプロの絵とは思えません。背景も苦手だったらしく、ほとんど真っ白です。

しかし時代に愛されたらしく連載も持てたし単行本も出しました。僕もこの人のマンガが好きでした。もう忘れられてしまったらしく、ネットで検索しても情報は少ないけれど、非常に印象に残っている漫画家である事は確かです。

幸せに暮らしていらっしゃるでしょうか。

ジューシィ・フルーツ 1980年〜85年


※ 長文のため、別ページにアップしてあります。

こちらをご覧下さい。

初代ウォークマン〜iPod ポータブル・オーディオ


1979年、初代ウォークマンの発売により、ポータブル・オーディオが一気に普及しました。僕も飛びつきましたが、小さいのにその音質の良さにはビックリしたものです。その後も二代目ウォークマンや、録音が出来る物、イコライザーが付いている物など何台も買い換えました。

最初の頃はオートリバースがなかったのでカセットの片面を聴き終わるといちいち裏返していました。ブランクがあると早送りの操作が面倒なので、両面にビッシリとレコードを録音して持ち歩いたものです。

その後、MDが発売され、僕も早い時期に買いました。録再機でしたが、価格が7万8千円!生のディスクも60分で1,400円、74分で1,700円もしました(たった1枚でですよ!)。

しかもまだMDは電力食いで、僕の買った録再機は数時間の充電で、たった74分しか再生出来なかったのです。つまり1枚聴き終わると、あとはただの「荷物」になっちゃったんですね。でもどんどん改良され、再生時間も延び、軽くなって行ったので、僕は計3台のポータブルMDを買って愛用しました(今でも全部現役です)。

MDの時代になって、テープスピードの違いやヒスノイズとは無縁になり「便利な時代になったなあ」と思っていたのですが、段々とMDの圧縮された音質に不満が出て来ました(MDは5分の1に圧縮されるのです)。まあ外で聴く分には十分なんですが、耳が贅沢になってきちゃったんですね。

もっと良い音質で聴きたいなあと思い、今度はポータブルCDを持ち歩くようになりました。すでにポータブルCDは発展を遂げていて、軽量化と長時間再生という性能面では文句無し、しかも値段も安いので気軽に買えるようになっていました。

しかし大きな欠点がありました。CDを何枚も入れたケースも一緒に持ち歩かなければいけないのです。CD1枚の収録時間は最大80分、これが終われば交換しなければならず、その手間が惜しければまた最初から同じ曲を聴き続けなければいけません。ディスク交換時には傷を付けないように気を付ける必要もあります。

いつもかさばるCDを持ち歩いている頃、初代iPodを使わせてもらう機会がありました。使ってみてビックリ!使いやすいし本当に便利だし、曲は山ほど入る。心配していた音質も、エンコードの設定にもよりますが、これなら十分だと思いました。

何しろ今までは、出かける時にどのCDを持って行こうかと悩み、仕事で新幹線に乗る時もCDプレイヤーとCDケースを出して、聴き終わるとディスクを交換して…という面倒な事をしていたのです。これらの煩雑さから完全に解放され、ポケットに入れたiPodをクルクルと操作して数百枚のアルバムから聴きたい物を選ぶ…という手軽さに憧れてしまったのです。

欲しいなあと思い、毎日iPodの情報を集めていたのですが、ある日、何とシリーズ一新のために大幅値下げされた事を知りました。10GのiPodは1万円も値段が下がったのです。喜んですぐに買いに行きました。それから好きなアルバムをどんどんMacを使いiTunesでエンコードして入れて行きました。現在1200曲ほど入れましたが、まだ半分ほど余っています(凄いですねえ)。値下がりしたiPodはあっという間に売り切れになりました。毎日情報をチェックしていて良かったなあ!

使い心地ですが、もうホントに素晴らしいとしか言いようがないです。簡単だし、すぐに使えます。贅沢を言えば再生時間がもう少し長いと嬉しいんだけどなあ(iPodは8時間)。音質ですが、外で聴くには十分です。但し、性能の良いヘッドホンで聴き比べると、やはり圧縮された音だというのは判ります。でもこれは仕方ないですね、CDの10分の1程度まで圧縮しますから。でもインナーイヤー・ヘッドホン(ゼンハイザーMX500やTEACのHP-N1、TDKのES205等)で聴くと適度にノイズもマスキングされて良いですよ(付属の物は音質はイマイチなので取り替えた方が良いです)。iTunesのエンコードは小音量ながら多少「プツッ」というノイズが入る事があるので、それが改善されればもっといいなあと思いますが。

家ではCDを聴いて、外ではiPodというのが僕のスタイルになりましたが、聴きたいCDがあるのに見つからない時は、枕元のポータブル・スピーカーにiPodをつないで聴く事もあります(クリエイティブ社のM80。2ウェイスピーカーでなかなか音質のバランスもいいですが、小音量時にギャングエラー 〜左右の音量バランスが崩れる〜 があるのが欠点)。

もう1つ贅沢を言えば、音声ファイルの再生という条件では仕方ないのかもしれませんが、ライヴ盤やメドレーで若干の曲間が出来てしまうのが欠点なので、技術的に解消されれば良いなあと思います(iTunesで数曲をまとめる事で曲間を無くせますが、そうすると個々の曲の頭出しが出来ない)。

僕はiPodを使ってから、もうiPodがない生活は考えられなくなりました。初代ウォークマンから今年で25年。テクノロジーの発達に感謝です。

リンク:アップル - iPod

山上たつひこ「がきデカ」昭和49年〜55年 連載


2003年12月発売の「ビッグコミック」誌に山上たつひこ氏が描いたギャグマンガの名作「がきデカ」の続編「中春こまわり君」が載りましたので、今回はこのマンガについて書きます。

僕がこれを夢中で読んだのは小学校6年生の時でした。こまわり君の数々のギャグに影響を受けまくり、ギャハギャハ大笑いしながら読んだものです。しかし、このギャグというのがシモネタが多いんですよ。シュールなギャグも多いんですけど、小学生くらいだとストレートなシモネタ系の方が面白いんですね。

だから当然、僕のギャグもシモネタが多くなりました。もう影響を受けまくっちゃった。友達も大勢読んでいたので、男子のギャグはこのマンガからの引用が多くなりました(ドリフのギャグと双璧をなしていました)。クラスメイトだった村山君もこのマンガが大好きで、自分の股間を指さして「○○君、これこれ」というギャグを得意にしていました(今でも友達である村山君の名誉のために書いておきますが、村山君は今では真面目な営業マンをしており、もう「これこれ」はやっていません)。

僕が初めてこのマンガを読んで衝撃を受けたのが、鯉のぼりの替わりにタマキン(すみません。このマンガを語る時は「タマキン」という言葉を使わずには語れません。ご了承下さい)の作り物を上げて「屋根よ〜り〜た〜か〜い〜タマキンの〜ぼ〜り〜」とこまわり君が歌うギャグでした。これは読んでビックリしました。体に衝撃が走ったほどです。雷に打たれたようなショックを受けました。

それで、これはもう僕が40歳に近くなったから書けるのですが、このマンガに衝撃を受けた僕が何をしたかというと「こまわり君のタマキンを紙粘土でそっくりに作る」というワケのワカラナイ行動でした。

その出来映えは、自分でもホレボレするほどでした。紙粘土で作ったタマキンに、ちゃんと肌色の絵の具で、ていねいに色を塗り完成させました。素晴らしい出来でした。

手にタマキンを乗せてホレボレと眺める僕を見て、僕の親がどう思ったのかは未だに考えたくはありませんが、本当に素晴らしい完成度だったのです。今から思えば、夏休みや冬休みの工作の宿題として提出してみれば良かったと思うほどです。

少し前にコンビニで「がきデカ」が安く売られたので何冊も買って読みましたが、やっぱり凄いパワーを感じました。その後の山上氏のマンガもほとんど読みましたが、僕にはやっぱり「がきデカ」が一番です。

「ビッグコミック」に載った「がきデカ」の続編「中春こまわり君」では、こまわり君が38歳という設定でした。僕は2004年1月で39歳ですが、こまわり君が僕と同世代だったという喜びがありました。

少年時代にこのマンガを読む事ができて、幸せだったなあ〜と思います。んぺとっ!

ポール・マッカートニー「RAM」1971年


出た当時はメチャクチャに酷評されたのに、何故か後に高く評価されたというアルバムです。

これ、誰も言ったり書いたりしていないのが本当に不思議なんだけど、このアルバムはとにかく「声」がギッシリ詰まってるんですよ。歌やコーラス、アドリブのスキャット、叫び声に喋り声。普通なら当然カットされるような話し声とかがそのままになっている。ギターソロの途中なのにブツブツ言う声が入っていたり。

様々なコーラス・アレンジも入っています。「ディア・ボーイ」なんて、メインの歌よりコーラスの方がずっと大きくミキシングされてるし。そしてこのアルバムにはポールの歌い方の全てのスタイルが入っている。ささやくような甘いヴォーカルから、高音の爆発するようなシャウトまで。そして音域も広い。低音からハイトーンまで。とにかく声がギッシリなのです。

特に最後の「バックシート」なんて、声が入ってないのは短いイントロだけで、ストリングスの間奏の時もコーラス入ってるし、エンディングのギターソロの時も、ドラムのフィルの時も声が入ってます。ずーっと声が入ってるの。性能の良いヘッドホンで聴き込むと面白いです。他の曲でもあちこちに色んな声が入ってる。

バッキングの演奏を聴いてみると、これがあんまり上手じゃないんだなあ。ドラムは後にウイングスに参加するデニー・シーウェルで比較的安定した演奏をしていますけど、曲のサイズだけ大ざっぱに決めてあとは結構自由に演奏させた感じがします。これ、早く歌の録音をしたかったポールがバックの完成を急いだんじゃないかなあ?ポールのアルバムにしてはミキシングのバランスも悪い。というかミキシングはメチャクチャに近い。

でも今では多くの人に愛されるアルバムなんですね。僕も大好きです。ポールの声がいっぱい入ってるし。バックの演奏があまり良くなくても、声でどんどん引っ張ってる感じがします。

この頃のポール、とにかく声を出したかったんですね。それが伝わって来ます。こんなに声がギッシリ詰まったアルバムは、他のポールのアルバムにはありません。これ以降は洗練されて効果的なコーラスアレンジになっていきます。

しかしポールって色んな声が出るなあ。音域も異常に広いし。そのポールが声を出したい衝動に駆られて勢いで作ったアルバムだと思います。

泥臭いんだけど、切なくなる曲が所々に入っていて、大好きです。

本当はこのアルバム、「ポール&リンダ・マッカートニー」名義ですが、リンダはコーラスだけ参加で、おそらくポールに「ここはこんな風に歌って」と言われて歌っただけだろうから、実質的にはポールのソロという判断で良いと思います。

ちなみに、これと全く同じ曲順のオーケストラによるインストアルバム「スリリントン」が77年に発売されています。後にCDになりましたが、これはポールが匿名で、変名を使って出したアルバムです。スリリントンも年に1度くらいCDを引っ張り出して聴いています。

ケーシー高峰 昭和9年生 山形県最上町出身 漫談家


僕はお笑いが大好きです。そして中でもケーシー高峰の大ファンです。ケーシー高峰は面白い。昔は特にそうでもなかったけど、古典的なお笑いから新世代のお笑いまで色々見てくると、その中でも特に際立った個性、その人しか出来ない芸にも惹かれていきます。そしてケーシー高峰の芸も、そんなひとつなのです。

残念ながら、芸人としてのケーシー高峰をテレビで見る事ができるのは、年に数回です。僕は出来る限りチェックして録画しているのですが、それでもこの程度の回数なのが残念です(チェック漏れはほとんどないと思います)。だから、ケーシー高峰の舞台は10年以上前のビデオまで引っ張り出して見ています。もっとテレビでネタを見たい。お願いだから、もっと芸人のケーシー高峰をテレビに出して欲しい。俳優じゃなく、芸人のケーシー高峰が見たい。

そんな少ないテレビ出演でも、観客の世代によってはあまりウケない事もあります。若い女性の観客が多い番組に出たビデオを持っているのですが、見ていて心が痛みます(シモネタも結構あるからなあ)。正月番組は比較的安心して見られるのですがねえ。お年寄りが多いほど、ウケるようです。

凄かったのは、最近やった笑点での公開録画。これはケーシー高峰の出身地の山形で収録されたものでした。大きな会場にドッカンドッカン大爆笑が巻き起こって最高でした。僕も見ながら笑ったし、嬉しかった。

ケーシー高峰は、テレビで見るたびに違うネタをやります。ネタを変えて出てくる。過去にいくらウケたネタがあっても、違うネタを出して来るんですよ。だから毎回必ずチェックしなくちゃいけない。だって見逃したら、もうそのネタは見られないから。

でもこの事は、絶対にウケる定番のネタやギャグを持っていない、という事でもあるんですね。玉川カルテットの「背が欲しい〜」とか、横山ホットブラザースのノコギリの演奏とか、観客が望む定番ギャグを持っていないという事でもあります。でも、これはケーシー高峰自身がそういう道を選んだ、と僕は理解しています。何か自分の定番ギャグが欲しければ、しつこく続けなければ浸透しません。でもケーシー高峰はこれを自ら捨ててきた。これは毎回違うネタをやりたい、という願望があって、ケーシー高峰自身が選択した道だと思うんです。自由である分、厳しい道とも言えます。でもファンの僕からすれば「今日はどんなネタをやるんだろう?」というワクワク感があるんですね。他の芸人よりも、ワクワク感が高い。

かつては、ケーシー高峰にも日本国中で流行語になった「グラッチェ」「セニョール」というギャグがありました。ギャグというよりセリフですが、これがウケて「そりゃあないぜセニョリータ」というレコードまで出しました。でも、ケーシー高峰はそれだけで生き延びようとは思わなかったんですね。今では最後の締めとして「グラッチェ何とかかんとか」とブツブツと呪文のようにつぶやく程度で、かつての流行語で再びウケようとはしません。お約束だった舞台ソデに下がる時にお腹を出すウケるギャグでさえ、数年前に捨ててしまいました。そしてケーシー高峰はテレビで毎回違うネタをやるのです。これはカッコイイ。

「自分はケーシー高峰の大ファンだ」と自ら名乗る人に、僕は会った事がありませんし、テレビ等マスコミで公言している人も見た事がありません。携帯電話の待ち受け画面にしたのも、僕くらいしかいないのかも…と思います。でも、ある日テレビを見ていたら、物真似で人気のあるコージー冨田がケーシー高峰の物真似をしていたのです!これには感激しました。しかもホントに似てるんだ。声は似てないんだけど、仕草や雰囲気がそっくり!あれは、好きじゃないと出来ないですよ。大きな愛情を感じた。今は特に大人気というわけでもないケーシー高峰の真似をやったのは、本人がやりたかったからでしょう(僕には判ります)。ケーシー高峰を愛する人間がいたという、同士を見つけた感激でいっぱいになりました。

もう遙か昔の話になりますが、僕の父は山形でケーシー高峰の芸を見て、ステージから降りてきた本人と一緒にお酒を飲んだ事があるそうです(同席していたという程度ですが)。当時はその話を聞いても特に何とも思いませんでしたが、今考えると強烈に羨ましい。WEBで検索しても、ケーシー高峰への文章を書いている人が見つかりませんでしたので、今回は僕が書きました。いつまでもいつまでも応援します。

あ、それから、ケーシー高峰「そりゃあないぜセニョリータ」がCDで再発されました。最後に、ケーシー風に「俺も買うから、お前も買えよ、そこのヨシ子」。

『笑タイム』 \2,500(税込)9月29日発売 TOCT-10935

わずかにあったWEBのケーシー高峰を扱ったリンクです。

ケーシー高峰 緊急入院、手術へ

ケーシー高峰 病院で「退院御礼漫談」

スペシャルインタビュー・ケーシー高峰

ケーシー高峰さん来村

ポール・マッカートニー「マッカートニーII」1981年


数あるポールのアルバムの中でも、ファンの間でさえワースト1位か2位に選ばれるであろうこのアルバムを、敢えて取り上げます。何故かというと、単純に僕はこのアルバムが大好きなんですよ。リリース当時から熱狂的に聴きました。今でも良く聴きます。

簡単に紹介すると、これはポールが全パートを演奏して録音した「ワンマン・アルバム」です。当時のレコーディングは、ドラマーやギタリストを呼んでメンバーを揃え、スタジオに入って演奏し、ミキシングをする人やテープを回す担当の人がいて、レコードを完成させていくのが普通でした。何人もの協力者がいないとレコードは作れなかった。

でも、ポールは多重録音できるレコーダーを使って、自分でマイクを立て、ドラムやベース、ギターやシンセを弾いて何度も自分の声を重ねて、自宅でたった1人でこれを作ったんですね。少し奥さんのリンダがコーラスやってるだけ。同じように作られた「マッカートニー」というアルバムもありましたが、そっちは生楽器中心だったのに対し、これは当時流行だったニューウェイヴやテクノ、ダブの影響が大きいのが特徴です。

これがリリースされた時、もう僕も多重録音が出来るレコーダー(マルチトラック・レコーダー=以下「MTR」)を買って、自分でドラムを叩き、ギターやベース、ピアノやシンセを弾き、コーラスを加えて、たった1人で作品を作っていました。このレコードが出た時には、もう僕もポールと同じ事をやっていた。僕がそうやって多重録音に夢中になっているところにポールがこのアルバムを出したんです。何て言うかな、憧れの大スターから届いた、僕への個人的な手紙みたいなものなんです。このアルバムは。「これは僕のために作られたアルバムだ」と当時思いましたもん。

ポールは、これを最初は発表する気がなかったとインタビューで言っています。自分がカーステレオで聴いて楽しめば良かった、と。これを聴くとね、僕にはわかるんですよ。ポールが無邪気に音を重ねるのを楽しんでいるのが。MTRを買うと色んな遊びをしたくなるんですが、ポールも純粋に音を重ねるのを楽しんでいるのが凄く良くわかるんです。聴いていて「ああ〜わかるわかる!それやりたくなるよね!」という内容がギッシリ詰まっている。これは当時MTRを買って自分で全パート演奏していた人じゃないと、なかなかわからないんじゃないかなと思います。

「曲を聴く」とか「サウンドを聴く」というのは音楽ファンなら誰でも出来ますが、「音の重ね方を紐解く」「どの順番で録音されていったのか推測する」「使っているマイクの種類を予想する」「エコーマシンのセッティングを見破る」というような楽しみ方がMTRをいじっている人間には出来るんですね。そして、そういう聴き方が、本当に楽しくて仕方がないものなんです。

僕は70年代からレコーディングやミキシングにもの凄く興味があり、純粋にレコードを楽しむ他に、こういう分析をしながら聴いていたのですが、そこに登場したのがこのアルバムだったんです。だからもう聴いていて楽しくてしょうがない。そして、それまで憧れの大スターだったポールをとても身近に感じました。

ファンの間では「ポールがテクノをやるなんて!」「ニューウェイヴに走ったポール」という評価で酷評されましたが、僕はもうテクノやニューウェイヴも大好きだったので全然オッケー!それにポールがこのスタイルで音楽を続けるなんていう事は全く思わなかったし、またどうせ元のスタイルに戻るんだから騒がなくてもいいのに、と思っていました。この1枚だけだろうとちゃんとわかっていた。

このアルバムを聴くと、ポールと僕が同じ部屋にいるような気がしました。スポットライトを浴びて何万人のファンの前で歌っていたポールがステージを降りて来て、僕に「キミだけにあげるよ。こっそり聴いてね」とウインクをしながらプレゼントしてくれたような、そんなアルバムです。

藤子不二雄「エスパー魔美」全9巻


突然ですが今回はマンガです。藤子不二雄のFさんの作品です。Fさんのマンガはほぼ全部読んでるんじゃないかなあ。これを買って読んだのは僕が高校生の時。エスパー物ですが、ホントに面白い。魔美に好意を寄せる男の子が無理矢理クラッシックを聴かせたら、魔美が「矢野顕子ないの?」と言ったりして矢野さんファンの僕は嬉しかったりしたものです。

このマンガの特異な点は、変わった性格の人が出てくるところだと思うんですよ。ちょっと性格が歪んじゃった人とか、思い込みの激しい人とかが結構良く出てくる。少年少女向けのマンガなんですけど、そういう人をサラッと描いちゃうのは凄いです。

なぜこのマンガを取り上げたかというと、僕の人生に大きな影響を与えたエピソードがあるからです。

手元にその巻がないので正確には書けませんが、まず魔美のお父さんが雑誌を読んで激怒するんです。顔を真っ赤にして大声で叫ぶ。魔美がその様子に驚いて理由を聞いたら、画家である魔美のお父さんの絵を見て、評論家が辛口の批評を本に書いた。それを読んでお父さんは激怒して本を踏んづけたりして怒ったのでした。

その批評を魔美が読んで、魔美も激怒して、抗議しようとお父さんに言います。しかしお父さんは魔美をたしなめて、こういう事を言うんです。「僕が発表した作品は誰にでも批評する権利がある。僕はそれを読んで怒る権利がある。この人は批評を書いて僕はそれに対して怒った。だからこの話はこれでおしまいなんだよ」。それでお父さんは普段と変わらない温厚なお父さんに戻り、部屋を出て行っちゃうんですよ。

少年少女向けのマンガですから、とてもサラッと描いてあります。無駄なコマもないし、短い。でも僕はこれを読んで、雷に打たれたような衝撃を受けました。そしてその時から、僕がやめた事があります。

僕は中学生の時、新しい曲が出来ると、録音してミキシングしたカセットを何本か学校に持って行き、友達とかクラスの女の子に渡して「明日まで聴いて感想文書いて来て!」と言って渡していたんですね。自分の実力がよく判らなかったからでしょう。渡された方は迷惑だったろうなあ。

こんな風に、僕は高校くらいまで、作品を作ると「どうだった?よかった?」と感想を求めていたんです。でもエスパー魔美のこのお父さんのセリフを読んで、作品は発表と同時に作者の手を離れ、あとはそれを見た人、聴いた人、買った人の物になる、という事を知ったのです。もう作者の物じゃなくなるんです。

作品というのは裸で、それに触れた人が思い出や思い入れ、感動などの肉付けをしていくんですね。そしてもちろん、その作品が肌に合わない人もいる。嫌悪する人もいる。発表するけど批判はするなよ、というのは作り手側のわがままなんですね。そういう事を、このエスパー魔美の短いエピソードを読んで、僕は理解したんです。

それから僕は何かを作ったりしても、感想を求める事は一切しなくなりました。作ったのは僕でも、手を離れたらもうその人の物。捨てようがどうしようが、その人の自由です。もちろん褒めるのも自由。今でも僕は魔美のパパに感謝しています。そして藤子不二雄先生にも。

でも、少年少女向けマンガで、どうして藤子不二雄はこのセリフを入れたのでしょうか?勝手な解釈ですが、僕は藤子不二雄は少年少女達に期待していたと思うんです。「このセリフが届く子供もいるんじゃないかな?」とどこかで思いながら書いたんじゃないかと。そうじゃなければ書けないでしょ、このセリフ。そして僕は見事にドカンと打たれたわけです。少なからず、僕のような少年少女がいると思います。だから僕には特別なマンガなんです。エスパー魔美は。

※ 仙台で妹に会ったら「エスパー魔美のシチュエーション、微妙に違ってたよ」と言われました。妹がここを読んでるのは知らなかったのでちょっとビックリしましたが、大筋は合っているけどシチュエーションが少し違うようです。このエピソード、もうかなり読み返してないので、記憶が曖昧な部分は見逃してくださいませ。

大滝詠一「A LONG VACATION」1981年


これはリリース当時、発売日に買いました。現在の巨匠も、当時は音楽マニア以外にはあまり名前を知られてなかったので、発売日に買った人は少なかったんじゃないかなあ。

僕が大滝詠一御大を知っていたのは、自宅にスタジオを持っている人だったから。僕も70年代から自宅録音をしていたので、そっち方面では超有名な人だったのです。

でも買ったその日には聴かなかったんですよ。他にもアルバム買ったので、そっちを聴いていた。この名盤を聴くのを後回しにしちゃったんですよ。

それで、買ってから3日後くらいに聴きました。聴いて心臓がでんぐり返る位ビックリした!ここまで広がりのあるミキシングのレコードを生まれて初めて聴いたから。もう圧倒的な音。ショックですよ、ショック。全身に電気が走りました。それから曲が凄くポップで良かった。それでもうビックリしてコーフンして、弟に「これ凄い!これ凄い!聴け!聴け!」と無理矢理聴かせました(弟もすぐにファンになりましたが)。リズム・アレンジやコード進行も凄く凝っていて、聴けば聴くほどハマッたレコードです。

聴いているうちに気が付いたんですけど、大滝詠一御大って、僕と声のキーがすっかり同じなんですよ。おそらくほぼ完全に同じ。その事に気が付いたんですね。それでどうしたか。歌ったんですよ、このアルバムの曲を。キーが同じなのですんなり歌えるんです。それで歌い方も真似してみた。声の質も似ていたので、そっくりに歌えたんです。

それでどうなったか…クセになっちゃいました。御大の歌い回しが。自分の曲を作って歌ったのを聴かせると「大滝詠一に似てる」と何度言われた事か。二十歳くらいまではなかなか抜けなくて、ちょっと苦労しました。今はもう言われませんけど、きっと大滝御大の真似をさせたら、日本で何本かの指には入るんじゃないかと自分で思います。あはは。

色んな意味で、僕には別格のアルバム。このアルバムを聴いて、僕も立派なナイアガラーになったのでした。

フィンガー5「個人授業」1973年


これはシングルじゃなくてフィンガー5のデビューアルバムの方。僕が小学校3年生か4年生の頃に出たんだと思いますが、ホントに毎日聴きました。名曲揃いなんだよなあ、これ。いい曲ばっかりで毎日聴いた。

僕が高校生になって、神田とかお茶の水あたりの中古レコード店を徘徊していた時に、このアルバムの中古を発見!800円だったのですぐ買いました。それで改めてライナーノーツを読んでみたら、いい曲だなあ〜と思っていた曲が、全部ジャクソンファイヴのカヴァーだった事を知ったのでした。

A面なんて、6曲中5曲がジャクソンファイヴのカヴァーですよ!これにはビックリ。これが僕がモータウンにのめりこむきっかけ。人生はわからん。

オリジナルにもいい曲があって、妙子ちゃんがソロで歌う「バラの少女」が大好きです。曲間は無音ではなく、レコーディングの時の会話が無造作に入っています(ホントに無造作なんだコレが)。親しみを出すために、こんな変な事したのかな?

フィンガー5は大好きでしたけど、結局当時買ったアルバムは、この「個人授業」とサードアルバムの「恋の大予言」だけでした(小学生にLPは高すぎた)。サードアルバムはクリスマスのプレゼントか何かで、親戚のオバちゃんに買ってもらったのですが、あんまり聴かなかったなあ。

シングルは「華麗なうわさ」まで買って「こりゃ…もうダメだ」と悟ってファンをやめました。アキラ君が変声期で苦労していたので妙子ちゃんが歌ったのかな。それまでのシングルは全部大好きだったんだけど。

CDでこのアルバムが再発されたので買いましたが、やっぱりいいなあ。しかしアキラ君の声はマイケル・ジャクソンにそっくり。そして正男君の声はジャーメイン・ジャクソンの声にそっくり。時を同じくして、沖縄とアメリカに起こった恐るべきこの偶然。

今でもジャクソンファイヴの曲を聴きながら、フィンガー5の歌詞で歌っちゃったりします。

映画「サウンド・オブ・ミュージック」1965年


これを見たのは小学生の時。僕の両親に勧められてテレビの吹き替え版を見ました。心の底から震えるような感動を覚えました。中学の時に再放送をビデオに録画して何度も見たなあ。

後にノーカット字幕版を見てビックリ!こんなに長くてバサバサとカットされまくってたのね…。テレビでは「ハイル・ヒットラー!」と叫ぶシーンなどは全部カットされていたのでした。

LDでも手に入れて何度も何度も繰り返し見ました。特に「私のお気に入り(マイ・フェバリット・シングス)」が大好き。「もうすぐ17歳」も大好きです。

僕がギターを弾くようになってから見返してみて、感心したのが「ドレミの歌」でマリアがちゃんと正確にギターのコードを押さえていた事。小さい頃から音楽教育を受けていたジュリー・アンドリュースなので、ギターも弾けたのかも。それとも練習したのかな。ちなみにトラップ大佐が「エーデルワイス」を歌うシーンでギターを弾いていますが、押さえ方はデタラメです。しかも大佐の歌は吹き替え。まあ映画の完成度が上がってるんだろうからいいんだけどね。

ところで、この映画は実話を元にしてあるのですが、この映画のどこかのシーンにマリア本人がチラッと出ているという話を聞きました。通行人程度の役らしいのですが、どこに出てるんだろ?未だにわからない。

スティーヴィー・ワンダー「キー・オブ・ライフ」1976年


スティーヴィーを聴き始めたのは中学生の頃でしたが、これを買ったのは高校生になってから。もうホントにビックリした。凄まじい天才だと思いました。演奏も上手いし歌も完璧、全部いい曲だし音質もいい!それにLP2枚に4曲入りのEP盤の変則3枚組というボリューム!何と言っても90分テープに入りきらないんだからねえ。もう凄い凄い!と圧倒されて聴き狂いました。

僕が色んな楽器を演奏するようになったのは、ポール・マッカートニーとスティーヴィーの影響が大です。ポールが「バンド・オン・ザ・ラン」でドラムを叩いた理由を聞かれて「スティーヴィーが何枚かのアルバムで自分でドラムを叩いていたから僕もやった」というような事を言っていて、それで「じゃあ僕も…」と思ってドラムセットを買ったのでした。あんな風には未だ叩けないけど。

1曲目の「ある愛の伝説」や大ヒット曲「可愛いアイシャ」などは曲のエンディングが異常に長い。延々とスティーヴィーのスキャットやハーモニカ・ソロが続きますが、これが凄いんだ!「可愛いアイシャ」って、メロディーがAメロしかないんだよね。普通はAメロ、Bメロ、サビ、とかあるんだけど「可愛いアイシャ」は延々とAメロのコード進行の繰り返し。ずーっとAメロだけ。でも全然飽きないの。これってスゲーことです。

何年か前にリマスター盤が出て、もの凄く音質が良くなっていてビックリしました。20代半ばだった天才スティーヴィーのひとつのピーク時代を堪能できるバケモノアルバムです。

坂本龍一「B-2 UNIT」1980年


もう本当にこのアルバムは聴き狂いました。僕が高校生の時にリリースされ、発売日に買ってから夜寝る前は必ず聴きながら寝ていました。

内容はかなり過激で、強烈なリズムなんだけど、ほとんどメロディーらしいメロディーもない曲も結構あり、シンセサイザーの音色とリズムで構築されたような感じです。これが実に気持ちが良いのです。気持ちがよいと言っても、ホンワカとした気持ちよさではなく、聴いていてドキドキしてくる気持ちよさ。

テクノ好きな人の間では、これは名盤だと言う人が多いようですが、ポップスが好きな人にはどうかなあ…。万人向けではないような気がします。でも自分が良ければそれでいいのです。

近田春夫「星くず兄弟の伝説」1980年


これも高校生の頃に聴きまくったレコード。CD化された時はすぐに買って、やっぱり何度も聴きました。このアルバムはジャケットが強烈でした。ジャケット見てビックリした。CDになってそのインパクトが薄れちゃって残念。でも音は健在。

近田春夫を聴くようになったのは、大ファンだったヒカシューやジューシィフルーツのプロデュースをしていた人だったから。ジューシィには素晴らしい曲も提供していた。それでこのアルバムを買ったのでした。

最初はあまり馴染まなかったんですが、また聴きたくなるパワーがありました。アルバムを苦しんで作ったのではなく、ノリながら作ったのが伝わって来たのです。ミキシングもあまり良くないし、音も薄いのですがいいメロディーと超個性的な歌詞でジワジワやられたって感じ。そして全体的に漂う切ない雰囲気。これで心をギューッと捕まれました。

架空のサントラという事で作られたアルバムですが、後に手塚眞さん監督で映画化されました。この映画を中島らもさんが「凄い駄作」という評価をしていましたが、僕には名作。近田春夫もチョイ役で出演しています。