特別編 〜〜ジューシィ・フルーツ〜〜

.

.

ジューシィ・フルーツに関しては、思い入れもあり、かなりの長文になってしまったのでこちらの別ページにアップする事にしました。

※ 2007年9月 ガールズCD情報や使用楽器などを更新いたしました。


★★ お知らせ ★★

「KENNYの趣味趣味ブログ」にもCDや本などのライナーを書いております(今後そちらにシフトする可能性あり。こちらに転載の場合あり)。随時更新しておりますのでブログもご覧下さいませ。

好きな事だけ書くblog作りました
「KENNYの趣味趣味ブログ」
随時更新/同じ趣味の人みんな来い来い

.


ジューシィ・フルーツ 1980年〜85年


●はじめに

今回取り上げるのは、デビュー当時爆発的に売れたバンド、ジューシィ・フルーツです。初期の頃のDVD「ライブ帝国/ ジューシィ・フルーツ」(DEBP-13027・税込み3,150円)発売を記念して、僕の大好きなこのバンドの事を書きます。

ジューシィ・フルーツに関する研究や分析、検証はほとんど行われた事がなく、熱心なファンの人の長い文章も読んだ事がないので、僕が書く事にしました(尚、内容は全て僕の個人的な視点で感想や体験談を交えながら書いております。いちファンが書いた文章だとご理解下さい)。

かなりの長文になりますが、どうぞ最後までお付き合い下さい。

ちなみに「ジューシーフルーツ」という表記も見かけますが、正確なバンド名は「ジューシィ・フルーツ」です。発音が一緒なので間違えやすいんでしょうね。

●近田春夫&BEEF〜ジューシィ・フルーツ誕生

僕がジューシィのメンバーを知ったのは近田春夫&BEEFF(ビーフ)をテレビで見たからでした。ロボットのような無機質な動きをしながらイリアさんがリードギターを弾いていたのを憶えています。

有名な話ですがイリアさんはBEEF以前に「ガールズ」というバンドのギタリストとしてデビューしていました(ジューシィのデビューにより巻き起こった女性ヴォーカルのバンドブームに乗り、ガールズのヴォーカルだったリタさんも「ピンナップス」というバンドで再デビューしたのは興味深いです。ピンナップスのLPは僕も買いましたが、結局ジューシィのようには売れずに解散してしまいました)。

ガールズでは振り付け師がいて、メンバーは鏡の前で振りの練習をやらされたそうです(ピンク・レディーを担当した振り付け師の先生との事。そのおかげか、BEEFでの振りには抵抗はなかったそうです)。

追記:ガールズのアルバム2枚が2007年9月12日に紙ジャケット仕様CDで発売されました。

イリアさんは1979年の1月にガールズをやめてから、ハルヲフォンの高木英一さん(ベース)とバンドを組んでライヴハウスなどで演奏していましたが、近田春夫さんから連絡があったのがきっかけでBEEFに加入しました。

1980年3月に発売されたヤング・ギター誌4月号の「ギタリストVS美女シリーズ」というコーナーで、当時BEEFのメンバーだったイリアと土屋昌巳さんが対談をしています。土屋さんはイリアがいたバンド「ガールズ」のシングルB面でギターを弾いています(イリアさんは土屋さんが弾いたギターをライヴで再現するのに苦労したそうです)。

この対談で、BEEFに加入した事について「本当は、あたし今年で卒業だし、就職とか色々悩んだの」と話しています(イリアさんが就職していれば、この形のジューシィ・フルーツは存在しませんでした)。

イリアさんがギターを始めたのは中学3年生で、フォークは嫌いだったのに生ギターを買って、エマーソン、レイク&パーマーやイエスの生ギターの曲を好んでコピーするようになりました。初めてのバンドは高校時代のキング・クリムゾンやイエスのコピー・バンドで、エレクトリック・ギターを弾いたのもその時が初めてだったそうです。イリアさんがプログレからギターの世界に入ったというのが実に興味深いです。

BEEFは6人組で、後のジューシィのメンバー4人に加え、キーボードとパーカッションがいましたが、そこから4人がセレクトされ、近田春夫さんのバックバンドから独立した時に名前がジューシィ・フルーツになりました。名付け親は近田春夫さんです。

メンバーはイリア/奥野敦子(ヴォーカル、ギター)、トコちゃん/柴矢俊彦(ギター)、ユウジ/沖山優司(ベース)、トシ/高木利夫(ドラム)の4人です。全員が曲を作れて歌えるバンドでした。

当時僕はタレント&歌手活動をしていた近田春夫さんが好きで、近田さんがプロデュースしたヒカシューも好きだったので、当然近田さんがプロデュースしたジューシィのファースト・アルバム「Drink!」も買ったのです(ちなみに当時ドラマーがいなかったヒカシューのアルバムで、トシこと高木利夫さんが「20世紀の終わりに」「パイク」など数曲でドラムを叩いています)。

●Drink!

ファースト・アルバム「Drink!」を聴き、僕はドップリとハマりました。このアルバムが出た1980年当時はテクノ・ポップやニューウェイブ全盛の時代ですが、このアルバムでもその影響が大きく、変わったコード進行やフレーズがあちこちに出て来ます。そしてメンバー全員が曲を書ける強みに加え、近田さんも詞や曲を提供しキーボードで全面参加という強力なアルバムに仕上がりました(後にCD化された物はLPとは内容が異なる編集がされており、魅力が半減しています。「Good-Bye専科」と「恋はベンチシート」の曲間が空きすぎているし、アルバム最後に小さな音で収録されている「恋愛タクティクス」が丸々カットされているのです。これはひどすぎます。どうしてそのままCD化してくれなかったのでしょうか?)。

デビュー曲「ジェニーはご機嫌ななめ」は大ヒットしました。テクノ風な「ビート・タイム」はCMソングにもなりました。ヒット前に「ザ・ベストテン」にゲスト出演したメンバーは、即興でコントを披露しています(架空の会社を舞台にしたコント)。チャートに入って出演した時には大学の応援団に囲まれながら歌った事もありました。歌の合間に応援団が恐い顔で「ウォー!」と叫ぶので、イリアさんが困って苦笑しながら歌っていました。

「Drink!」には名曲が数多く収録されていますが、特にギターのトコちゃん(柴矢俊彦さん)作曲の作品が光っています。「恋愛タクティクス」のポップさや、何度も転調を繰り返しどんどんキーが変わってゆく「そわそわストリート」は絶品です。

ジューシィの男性陣がワン・コーラスずつリード・ヴォーカルを取る「燃ゆる瞳」も聴き所です(トコちゃん、トシ、沖山さんの順)。

不思議な事に「ジェニーはご機嫌ななめ」はスタジオ・ヴァージョンではキーがAですが、ライヴでは全て1音高いBで演奏されています。これはイリアさんがその方が裏声で歌いやすかったからじゃないかな?と想像していますが、実際はどうなんでしょうね?

意外ですが、結局ニューウェイヴ風、テクノ・ポップ風のフレーズを全面に押し出したのはこのアルバムが最初で最後になりました。

ちなみに1988年に発売された小泉今日子さんの「ナツメロ」というアルバムでは「お出かけコンセプト」と「恋はベンチシート」の2曲がこの「Drink!」から選ばれてカヴァーされています(だいぶ雰囲気が違うアレンジです)。

●ジューシィ・ア・ラ・モード

続くセカンド・アルバム「ジューシィ・ア・ラ・モード」ではコミカルな歌詞がA面にズラリと並び、B面にも雰囲気が違う非常に素晴らしい楽曲が並んでいてまた好きになりました。「なみだ涙のカフェテラス」もヒットしました(ちなみにこの曲はシングル・ヴァージョンのみ最後にイリアさんの「センキュー!」というセリフが入ってます)。「なみだ涙のカフェテラス」ですが、スタジオ・ヴァージョンではキーがBフラットなのに、ライヴでは全て半音低いAで演奏されています。

「目ざめたら11:00AM(イレブン)」はレコーディングの終盤にイリアさんが裏声で歌ってる曲がない事に気が付き、急遽裏声で歌われました(普通に歌っても良かったと思いますが。ちなみに「11:00AM」は「イレブン」と読んで下さいとイリアさんが言っていました)。「新・大丈夫」の歌詞は女性の安全日を歌ったきわどい歌詞ですが、イリアさんは歌の録音が終了するまでこの事に気が付かなかったそうです。

「P.S.You Love Me」はスロー・ナンバーとして作曲されましたが、レコーディング時にロックンロールのアレンジに直され、コンサートのラスト・ナンバーとして良く演奏されました。ちなみにクレジットはありませんが、最後のギターのフレーズはプロデューサーの近田春夫さんが弾いています(「俺にも弾かせろ!」と突然言い出してプレイしたものです)。間奏ではトコちゃん(柴矢俊彦さん)もリード・ギターを担当しています。

名曲「ブーツ・ジョーク・コート」ではトコちゃんが「イリアがラリー・カールトン風のリード・ギターを弾いています」とコメントしていました。

「なみだ涙のカフェテラス」がヒットしている頃にジューシィは「ぴったしカンカン」というテレビ番組に出演しましたが、そこで「イリアさんが他のメンバーに付けられたあだ名があります。それは何でしょう?」という問題が出ました。この正解が何と「ババロア」。司会の久米宏が笑いをこらえながらイリアさんに「これはどうしてなんですか?」と聞いていて、イリアさんは「さあ〜?どうしてでしょうねえ〜?わからないんですぅ〜」と答えていました。

それから同じ事務所だったサザン・オールスターズと一緒にテレビでコントに挑戦したりもしていました(イリアがOLの格好で会社コントをしていたのを憶えています)。その時にアルバム収録曲である「新・大丈夫」が演奏されています(フル・サイズではなくショート・ヴァージョン)。

サード・シングル「十中八九 N・G」が出た頃の話になりますが、テレビで「P.S.You Love Me」のライヴ映像がオンエアされた事もありました。

このアルバムのレコーディングの頃に「カシオトーン201」というキーボードが発売され、このアルバムで使用されています(「睡眠不足は美容の敵」)。この事は僕もこのキーボードを買ったので気が付きました。自分の持っているキーボードの音がジューシィのレコードでも聴けたのはとても嬉しいものでした。

●十中八九 N・G

サード・シングルですが、この曲を演奏する姿もよくテレビで見ました。レコードでは歌に絡むストリングスのオブリガートが入っていますが、生演奏ではそのフレーズをイリアさんが歌いながらギターで弾いています。これはなかなかカッコ良かったです。そしてかなり凝った振り付けが付いていて、楽器を弾きながらステップを踏むメンバーの姿は印象的でした。ゴーゴー風のアレンジで変拍子も使われており、一風変わった曲でした(作曲家・近田さんの引き出しの多さが伺えます)。

●パジャマ・デート

81年発表のサード・アルバム「パジャマ・デート」も実にバラエティ豊かな内容でした(「メルヘン月夜にキス3つ」がCMに起用されたり「これがそうなのね仔猫ちゃん」がヒット。「これがそうなのね仔猫ちゃん」はサッポロビールのジュース「グイミー」のCMソング)。「パジャマ・デート」はCD化されていませんが、僕はこのアルバムも大好きです(CD化されたのはベストを除くと最初の2枚と「カモン・スウィング」のみです-2006年現在)。

「ミニスカート気分」「やっぱりアロハ」の縦横無尽な沖山さんのベース・プレイ(しかも「やっぱりアロハ」の間奏ではダビングによるツイン・ベース!)、「雨上がり秘密ふたつの並木道」でのフレットレス・ベース、ドラムのトシが作詞作曲で自ら歌う「あの時君は小麦色」など聴き所も多いです。新宿でこのアルバムを買ったらメンバーの直筆サイン色紙をもらったのも嬉しかった思い出です。

シングル「これがそうなのね仔猫ちゃん」のB面「メルヘン月夜にキス3つ」は、何とアルバムとはミックスが全く違います。ヴォーカルがかなり大きくミキシングされ、リヴァーブもほとんどなく、ダブルトラッキングされている歌の片方のバランスが大きいのでアルバムミックスとはかなり印象が違います。個人的にはこちらのミックスの方が好きです。

「あの時君は小麦色」のエンディングのギターソロはイリアさんではなくトコちゃんが弾いていて「海に向かって『青春のバカヤロー』と叫んでいるようなソロを!」というリクエストに応えて弾いたので、あのソロはメンバーに「バカヤローギター」と命名されたそうです(トシさん談)。

このアルバムが出た頃、NHKのアイドル番組「レッツゴー・ヤング」で近田春夫さんのミニ・ショーが行われた事があります。アイドル歌手と絡みながら近田さんがコントをやったり歌ったり、という内容だったのですが、その最後に「それでは僕が手がけた中で一番売れたバンドをご紹介しましょう!ジューシィ・フルーツです!」というMCでジューシィが登場、「これがそうなのね仔猫ちゃん」を歌うという演出がされました。これが実にカッコ良かった!番組の最後の曲でもあったので、その日の出演者が途中から出てきて全員で「これがそうなのね仔猫ちゃん」を歌うシーンはかなり痛快でした。

この頃にイリアさんは「グレコ・ブギー(BG-800)」というギターを弾き始めたのですが、それを見て僕も同じギターを買いました。イリアさんのピンク色のブギーは「こんな色にして下さい」とイリアさんが持参したマニキュアが実際の塗装に使われたそうです。マニキュアでギターを塗装するというのは非常に珍しく、当時も楽器関係の雑誌で何度か話題になりました(僕はマニキュア塗装のギターというのはイリアさんのブギー以外聞いた事がありません)。

ファーストから続いた「ベンチシート・シリーズ」はこのアルバムで終わり、近田さんのプロデュースもこのアルバムが最後になりました。そしてコミカルな歌詞を多く収録したのもこのアルバムまでです。ジューシィはこれ以降、アルバムごとに違ったカラーを出していきます。

 

これらのレコードを当時高校生だった僕はコピーしまくりました。この初期3枚のアルバムはベースのミックスが過剰に大きいのも特徴です(このベースラインがどれもこれも素晴らしい)。僕のバンドでもジューシィの曲はよく演奏していました。僕が演奏を多重録音して同じくジューシィのファンだった友人の浦が歌っている「あの時君は小麦色」のテープも残っています。

浦とは一緒に、ジューシィを見に行った事もあります(イベントの無料屋外コンサートでした)。「夢ゆめ御用心」などが演奏されましたが会場のノリは悪く、ラスト・ナンバーの時に、ギターのトコちゃん(柴矢俊彦さん)が「この会場の皆さんはちょっとノリが悪いですが、次は最後の曲なのでノッて下さい!」と言いながら「P.S.You Love Me」を演奏したのがカッコ良かったです(イベントにはありがちな事ですが、実際に会場は「無料」に釣られて来た人が多く、ろくに聴いてもいなかったのです。失礼な客の態度にトコちゃんは憤っていたようです。僕と浦も客の態度に怒りました。しかしオバチャンや子供が大勢いる前で過激な歌詞の「夢ゆめ御用心」をサラリと演奏したジューシィは実にカッコ良かったです)。

3枚目のアルバムが出た頃に、ジューシィは原宿で屋上ライヴをした事があります。表参道の道路を挟み、片方にジューシィ、片方にサザン・オールスターズで交互に演奏しました(事務所が一緒で仲も良かったようです)。

そこを偶然通りかかった僕の友達が「今日ジューシィが原宿のビルの屋上で演奏してましたよ」と教えてくれて知ったのですが、僕は見られなくて悔しい思いをしました。

後にテレビでその模様がオンエアされましたが、最後に屋上に警官が上がってくる所はビートルズの映画「レット・イット・ビー」そのままでした。近田さんがマイクで「おまわりさんもご一緒にどうぞ!」と叫んだのがカッコ良かった!桑田佳祐さんは何度も「イリア脱げー!」と叫んでいました。

演奏曲は「ふりむかないで」「これがそうなのね仔猫ちゃん」などでした。「ふりむかないで」のエンディングでは、ベースの沖山さんがなぜか突然暴れだし、ベースをかき鳴らしたりマイクスタンドでベースをドカドカ叩いたりしています(演奏が終わってからもそれは続きました)。

後に竹内まりやさんと加藤和彦さんが司会をしたビートルズ特集のテレビ番組にイリアさんがゲスト出演し「この前ビートルズを真似て屋上でライヴをしたら、おまわりさんに怒られてしまいました」と苦笑しながら話していました。

●27分の恋

1982年、近田さんのプロデュースから離れたジューシィは最初で最後のコンセプト・アルバム「27分の恋」をリリースします。この頃に謎のキーボード奏者の少女が参加しましたが、これはほとんど話題になりませんでした(当時まだ中学生だったこのキーボードの薮本雅子ちゃんという女の子は、後に日本テレビのアナウンサーになりました)。当時は「謎の美少女」という触れ込みで本名も発表されませんでした(確か「少女M」とか呼ばれていたような記憶があります)。薮本さんの公式ブログのプロフィール年表にも「1981年(中学2年夏)ジューシーフルーツ「哀シャローム」のキーボードを担当」という記述があります(こちら)。シングル「哀シャローム」ではクレジットが「ジューシィ・フルーツ+1」になっていて、藪本さんも黄色いハデな衣装を着てメンバーと一緒にジャケットに写っています。

このアルバムでは後にイリアさんのソロ・アルバム「ティングル」にも参加する戸田誠司さんがアレンジをしています。「夢見るシェルター人形」では曲のアレンジに合わせてなのか、大変珍しい事に沖山さんがピックでベースを弾いています(当時出演したテレビ番組でもピックで弾いていました)。

「27分の恋」はメンバーの意気込みがとても感じられるアルバムですが、それまでのジューシィのイメージとかけ離れている内容に、僕は正直言って戸惑いました(それでも「いけないいけないRaindrops」や「平気な気持ち」などは超名曲だと思っていますが)。

新たな道を模索していたようで、このアルバムから近田さん以外の作詞家、作曲家、アレンジャーを起用し始めます。しかし皮肉にも近田さんの音楽に対する遊び心や幅広さがいかに初期ジューシィ・フルーツとマッチし、大きな魅力になっていたかという事も僕は感じました。当時、名プロデューサーとしてノリにノっていた近田さんの力が異常に凄かったという事でもあります。

しかし「禁星遊園地」でのエフェクティブなサウンドや、「I.C.B.M.」でのイリアさんの太い歌声など様々なチャレンジをしています。前作のトシの「あの時君は小麦色」に続き、今回は「16月の渚」でトコちゃんが2枚目な曲のリード・ヴォーカルを担当しているのも興味深いです。「ガラスの夏」ではハーモニクスを加えたフレットレス・ベースのフレーズを中心にしたアレンジで、間奏のツイン・リードも含め非常に素晴らしいです。初期3枚とは全く違う魅力を持った、チャレンジ精神に溢れた意欲作と言えます。

このアルバムのあたりから、ジューシィのテレビ出演は極端に少なくなります。「二人の東京」「恋愛スランプ」「哀シャローム」などのシングルも残念ながら不発でした。しばらく後の「そんなヒロシに騙されて」までジューシィはテレビの世界から縁遠くなってしまいましたが、僕はそんな事など関係なしにジューシィを聴き続けました。

●名盤・天然カフェイン

「27分の恋」に戸惑った僕でしたが、1983年に発売されたこの「天然カフェイン」の出来の素晴らしさには感激し「やっぱりジューシィはすげえ!」と大興奮しました。僕は個人的にこのアルバムがジューシィの最高傑作だと思っています。ジューシィ自らがプロデュースし、外部ミュージシャンの起用もわずかなキーボード程度で、ほぼ全てを自分たちだけで演奏しています。それまでのアルバムからすると少々地味な印象を受けますが、本当に素晴らしい楽曲と演奏です。

特にイリアさんが作曲したラストの「メビウス・ラヴ」はとんでもない名曲で、現在では埋もれてしまっているのが非常に残念です(ちなみに「メビウス・ラヴ」のイントロは、ラスト・シングル「恋はなんでも知っている」のイントロとして再び使われています)。イリアさんは「夏風邪アフタヌーン」でも素晴らしい作曲をしており、アルバムの完成度を高めています。

シングルになった「チャイナ・レストラン」は大村憲司さんが作・編曲ですが、この曲のギターはほぼ全部大村さんのプレイでしょう(おなじみのストラトの音です)。この曲のドラムはキックとハイハットが打ち込みで、スネアのみトシが生で叩いています。

ほとんどの作詞は竜真知子さんです。演奏も浮ついた感じが全くなく、プレイヤーに徹しているのがわかります。このアルバムが出た時、友人の浦が「ジューシィのニューアルバムはいいなあ!」と書いた手紙をくれたのを憶えています。やっぱりファンにはちゃんと通じたのですね。

派手さはないけれどメンバーのプレイも最高で、イリアさんの歌も文句の付けようのない素晴らしい出来です。ソロ時代も含めても、このアルバムこそがイリアさんのヴォーカルの最高作だと思います。アレンジもロックの名曲のパロディが出てきたりして遊び心と余裕が感じられます。メンバー全員が裸で写っているジャケット写真の表情も実に良いです(ちなみに裏ジャケットの面白い顔の写真も必見です)。ひときわ地味に淡々と演奏される沖山作品「カフェ・グレコの午後」も心に深く染み入る名曲です。

僕はこのアルバムからの曲を演奏しているジューシィをテレビで見た記憶がありませんが、ジャケットや歌詞カードのメンバーの表情を見ると、アルバムの完成度にはきっと満足していたんじゃないかなあと思います(本当にいい顔をしているんですよ)。

 

「天然カフェイン」は、録音とミキシングも素晴らしく、パワフルさと繊細さの両方を持った音のレコードです。ジューシィのアルバムの中で音質とバランスが飛び抜けて良いのです。

録音とミックスを担当したのは、コロムビアの時枝一博さんという方で、大滝詠一さん「GO! GO! NIAGARA」などの録音にも参加しています。一般的には知られていない方だと思いますが、この素晴らしい仕事に対して僕は最大の賛辞を贈ります。地味ながら聴き込むほどに味が出る名盤です。

●「そんなヒロシに騙されて」は誰の曲?

その後のシングル「そんなヒロシに騙されて」は多少ヒットしましたが、この曲はアイドルの高田みずえさんと競作だったため「高田みずえのヒット曲」とだけ思っている人もいるかもしれません。GS(グループ・サウンズ)を意識したジューシィのヴァージョンも実に良いのですけどね。

この曲で久しぶりにテレビに出るようになったジューシィの姿を見て僕は大変に喜びました。ただひとつ贅沢を言えば、メンバーの誰かが作曲したシングルで出演してほしかったなあとも思いました。

●カモン・スウィング

ラスト・アルバムになってしまった1984年発売の「カモン・スウィング(Come On Swing)」ですが、これを聴いた僕はジューシィの終焉を強烈に感じてしまいました。おそらく事務所やスタッフが路線変更を決めたのではないかと思いますが、イリアさんたちメンバーの過剰な衣装とメイク、メンバー以外の作曲家作品の違和感、バンドスタイルではないアレンジなどで、僕はショックを受けてしまいました。前作「天然カフェイン」とは全く異なるサウンドと内容でした。

それでも柴矢作品のタイトル曲「カモン・スウィング」などは素晴らしい曲なのですが、この曲ではギターやベースなどメンバーの演奏の割合はわずかな部分だけです。間奏はサックスだし、ドラムは打ち込みだし、厚くキーボードが重ねられてしまっています。他の曲でもキーボードなどメンバー以外の音が目立ち、特徴だったツイン・ギター中心のバンド・サウンドは完全に消滅してしまいました。この大胆な路線変更は、おそらく売り上げへのテコ入れの意味もあったのだと思います。

アルバム・ジャケットの表と裏、帯や歌詞カードにまで、くどいほど「Singing and Playing.Juicy Fruits」と書いてあり、それぞれメンバーの名前と楽器のパートが載っているのに、外部ミュージシャンのキーボードばかりが目立つアルバムになってしまいました。イリアさんのクレジットからは「ギター」の文字が消え、ただ「ヴォーカル」とだけ書かれています。イリアさんはジューシィに欠かせないギタリストなのに…と寂しく思いました。「海」などのリード・ギターはトコちゃんが弾いていますが、ジューシィのサウンドの大きな魅力であった2人のギターの絶妙な絡みは聴けません。

キーボードやサックスなど、メンバー4人以外の演奏が多く重ねられた豪華なサウンドの「カモン・スウィング」を聴いて僕は寂しく思いました。当時このようなサウンドは世の中に溢れていたのですから、ジューシィまでがやる必要はなかったのです。僕はイリアさんとトコちゃんのギターの絡みを聴きたかったのです。前作「天然カフェイン」で完成した4人のどっしりしたアンサンブルを堪能したかったのです。

テレビで派手な衣装を着たジューシィが楽器を持たずに「萎えて女も意志をもて」を歌っているのを見て「演奏してくれないかなあ」と思ったのを憶えています。僕はジューシィ4人での演奏を望んでいました。僕にとって、イリアさんとトコちゃんはギタリストで、ユウジはベーシストで、トシはドラマーだったのですから、テレビでもみんなで楽器を持って演奏して欲しかったのです。

おそらくジューシィ史上、最もお金をかけ、有名作家に詞や曲を依頼し、ゴージャスな音に仕上がったこのアルバムも大した話題にはならず、各メンバーのソロ活動への指向も強くなり、間もなくジューシィ・フルーツの解散が決定してしまいました。

ほとんどのバンドはいつか解散するものですが、もしこのアルバムでジューシィが終わってしまっていたら、僕の思いも今ほど大きくなかったかもしれません。

 

ところが、その後リリースされたラスト・シングルで、ジューシィは僕らに大きな贈り物を残してくれたのです。

ジューシィは、最後の最後に、イントロからエンディングまで思いっきり自分たちの好き放題な事をやってくれたのです。

さすがジューシィ・フルーツ!!

僕はこれを待っていたんだ!!

●恋はなんでも知っている〜解散

解散が決まり、ジューシィは最後のシングルをリリースしました。「カモン・スウィング」のゴージャスなサウンドと決別し、再びバンド・サウンドに戻りました。そしてファンはこの曲に託されたメッセージを受け取りました。

ラスト・シングル「恋はなんでも知っている」はギターの柴矢俊彦さんが作曲した素晴らしいメロディーと、それまでのジューシィの曲のフレーズをちりばめたアレンジで、パッと聴いただけではコミカルで楽しげですが、僕は今でもこれを聴くと感動と切なさで胸が締め付けられます。ジューシィを愛し、レコードを熱心に聴いた人ほど心に染み入るアレンジが施されているのです。「新・大丈夫」「メルヘン月夜にキス3つ」「メビウス・ラヴ」のようなアルバムの片隅の曲まで聴き込んだ人だけがわかるフレーズが出て来るのです。

僕はジューシィがこれを最後のシングルにしてくれた事に大きな感謝しています。今聴いてもグッと来て泣きそうになります。きっと「恋はなんでも知っている」を聴いて思わず泣いたファンの人は大勢いることでしょう。

この曲にメンバーが全力で取り組んだ事は音を聴けばわかります。例えばドラムの音はサビだけスネアに深いリヴァーブ(ゲートエコー)がかけられ、音色を変化させています。こういう細かい部分までこだわって作られた、お別れのレコードです。メンバーからファンへの感謝が溢れ出た、有終の美を飾るに相応しい感動的な幕引きの曲です。

ジューシィにとっても、ファンにとっても、ラスト・シングルは「恋はなんでも知っている」以外にはありえませんでした。そしてジューシィを愛した人にとって「恋はなんでも知っている」は特別な曲となりました。ジューシィから僕らへの「今までありがとう」という感謝のメッセージを音で込めてくれたレコードだったからです。歌詞ではなく、その演奏を聴いて、ファンだけにしかわからないジューシィの感謝の気持ちを僕らは心で受け取ったのでした。ジューシィ・フルーツばんざい!!

 

この曲を当時の人気番組「オレたちひょうきん族」で演奏したのを最後にジューシィは解散しました。ふざけまくる芸人さんたちに混じり、ジューシィの男性メンバー3人までが黄色いヘルメットに海水パンツ姿になり、歌い終わったイリアさんが戸惑いながら「(自分たちは)これで本当に最後なんですか?!」と言っていた姿が忘れられません。1985年の事でした。この最期には賛否両論あると思いますが、ジューシィがあえて選んだのは、バラエティ番組でメンバーが海水パンツ姿になってバンドを終える事でした。

元々は生粋のミュージシャンだったのに、歌謡界に飛び込み、アイドル扱いされる事を面白がりながら活動していたジューシィには相応しい最期だったのかもしれません。解散するという事は、生粋のミュージシャンに戻るという意味ですから、もうテレビでコントをしたり、海水パンツ姿になる事は二度とないとメンバーはわかっていたのですね。

●ジューシィ・フルーツが残した物

さて、ジューシィ・フルーツが残した物はなんでしょう?1つは、バンドで女の子がメインに立って演奏するスタイルを世に広めました。ジューシィの曲がヒットした途端、女性ヴォーカルのバンドが短期間のうちに大量に現れてデビューしましたが、これはジューシィが売れた事による効果です。ジューシィは数々の後続バンドを生み出しました。

それからテクノ・ポップ風のアレンジを歌謡曲に持ち込み日本中に認知させた事も大きいです(これは近田春夫さんが加えたシンセサイザーの音色とフレーズによる部分が大きく、メンバー自身はテクノ・ポップやニューウェイヴにはあまり影響は受けてないと思いますが)。「テクノ・ポップ=ピコピコ」というイメージは、YMOやプラスチックスと共に大ヒット曲「ジェニーはご機嫌ななめ」の印象も作用している事は間違いありません。大きい影響はこの2つでしょう。

当時、女の子がリードギターを弾く事は大変珍しく、デビュー曲「ジェニーはご機嫌ななめ」がリリースされたばかりの時に音楽雑誌「ロッキンf」に「近年まれに見る完成度のリードギターで最後のフィードバックまでキマっているが、多分これはメンバーの女の子ではなくスタジオ・ミュージシャンが代わりに弾いているのだろう」と書かれていたのを憶えています。当時の「ヤングギター」誌でも「リードギターはイリアが弾いていると信じましょう」という感じで少々茶化したニュアンスで書いてありました。

実際には誰もがテレビで見た通り、ちゃんとイリアさんがリードギターを弾いていたのですが、当時はそのぐらい女性ロック・ミュージシャンの地位が低かったのですね。

●ジューシィ・フルーツ使用楽器

ジューシィの魅力的なサウンドを作った使用楽器をまとめてみました。レコーディングでのみ使用されていたアコースティック・ギターやフレットレス・ベースもありますので不明な点も多いですが、判る限り挙げてみました。メーカー名やモデル名は、ボディシェイプやヘッドのロゴからの推測した部分もあります。ギターやベースに関しては実際に発表されたデータではなく、あくまでも僕の分析である事をご了承下さい。

イリア
ギブソン・レスポール・カスタム(ワインレッド/初期のメインギター)、グレコ・ブローラ BW600(ホワイト/「なみだ涙のカフェテラス」通常盤&ピクチャー盤に登場。初期のサブ・ギターとしてステージにもスタンバイ)、グレコ・ブギーBG800(ピンクとライトグリーンの2本/ライトグリーンは「夢見るシェルター人形」テレビ出演時に使用)、フェンダー・ストラトキャスター(レッド/後期ライヴで使用)
※ ライトグリーンのブギーは21フレットのポジションマークがピンクのとは違いがあります。イリアさんによると、メロン色のブギーにしてほしいという注文をしたそうです。
アンプ:ミュージックマン

トコちゃん
GOll750(メタリックレッド/初期のメインギター)、カワイ・ムーンサルト(イエロー/アルバム「パジャマ・デート」レコーディングで使用)、グレコSV(タバコサンバースト/「そんなヒロシに騙されて」テレビ出演時にも使用)、フェンダー・ストラトキャスター(タバコサンバースト/「そんなヒロシに騙されて」ジャケットに登場。後期のライヴでも使用)、アコースティック・ギター(レコーディングのみ使用のためモデル名不明)
アンプ:フェンダー(ツイン・リヴァーヴ?)

ユウジ
グレコGOBll(ナチュラル/メインベースの1本。「ザ・ベストテン」ゲスト出演時にも使用)、フェンダー・ジャズ・ベース(グリーンと白の2本。白はオールド。メインベース。原宿屋上ライヴやNHK「レッツゴーヤング」出演時などに使用)、グレコ・ジャガー・ベース・タイプ(3トーンサンバースト/「そんなヒロシに騙されて」ジャケットや「夢見るシェルター人形」テレビ出演時に使用)、GOBllプロトタイプorブギーベース?(未確認)、フレットレス・ベース(レコーディングのみ使用のためモデル名不明)
アンプ:ACOUSTIC(?)

トシ
・初期:ロジャース5点セット(赤)+ラディックLM400 スネア
・中期:パール ファイバーシェル深胴5点セット(金ラメ)+ソナーのメタルスネア14×6.5inch(シングル「そんなヒロシに騙されて」ジャケットにも登場)
・後期:パール メイプルファイバーシェル6点セット+ソナーのメタルスネア14×6.5inch(アルバム「カモン・スウィング」や後期ライヴで使用)
シンバル類は初期がパイステ。後にKジルジャンに変更。

※ テレビやライヴで見られるこれ以外のドラムは会場で用意されたり他のバンドのドラムセットを使い回していたそうで、実際の所有ドラムは上記の3セットだそうです。

デビューの頃、イリアさんがギターのメーカーであるグレコの広告に出ていた事もあり、グレコの使用ギターは市販のモデルとフレット数が違ったり、カスタム・カラーだった可能性があります。トシはパールのモニターになり、GSっぽいドラムの雰囲気にしたいと思い、パール社の工場まで赴いて自分でGSの頃に使われていた金ラメシートを選んで作ってもらったそうです(中期に使用したファイバーシェル深胴5点セット)。

ライヴでは変則的にトシ=ギター&ヴォーカル、イリアさん=ドラムで「あの時君は小麦色」を演奏した事があったそうです。その時のトシさんが弾いたギターはタカミネのエレアコ(トシさん所有)という事です。イリアさんがステージでドラムを叩いていたというのは意外ですが、トシさんによると「彼女のドラムはバスドラのパワーがあった」との事です。残念ながら、この編成での音源は残っていないそうです。

※ ドラムセットに関しては不明の部分が多くありましたが、幸運にも高木利夫さんご本人に詳細をお聞きする機会がありましたので、高木さんの所有&愛用ドラムはこれで間違いありません。トシさん感謝いたします。ありがとうございました。

●解散後のメンバー

解散後は、ドラマーの高木利夫さんはサイジョーズ(テレビ番組「冗談画報」にも出演。僕これ見ました)やマリコwithキュートというバンドや、ロッカーズを解散してソロになった陣内孝則さんのバックバンドに参加し数年後に芸能界を引退しました(ドラムは続けているそうです)。

沖山優司さんはスタジオ・ミュージシャンとして様々なアルバムにベーシストとして参加し、素晴らしいプレイをしています。近田春夫さんと再び一緒に「ビブラストーン」というバンドでも演奏してました。僕もライヴを見に行きましたけど嬉しかったですねえ。初期のピチカート・ファイヴのライヴに行ったら沖山さんが弾いていたりもしました。元タンゴ・ヨーロッパの斉藤美和子さんのソロ12インチ「恋人はいつでも」を買ったら沖山さんがベースを弾いていて驚いた事もありました。

ギターの柴矢俊彦さんは歌謡曲の作曲やアレンジなどをしていますが、大ヒット曲「おさかな天国」の作曲者としても有名になりました(オリコン最高3位)。現在は新人アーティストの育成などに関わっているそうです。「おさかな天国」を歌っている柴矢裕美さん(柴矢さんの奥様です)は、後期ジューシィ・フルーツのステージでキーボードを弾いていました(2002年紅白歌合戦に「おさかな天国」で出演)。

イリアさんはTBC(東北放送)の人気深夜ラジオ番組「ジャンボリクエストAMO」のパーソナリティを担当しました。「ジャンボリクエストAMO」は僕も中学時代に聴いていましたし、今では同番組で人気パーソナリティーだった吉川団十郎さんの曲を僕が編曲/演奏しています(続編番組「サンデーAMO」のジングルで使われている曲も僕が演奏したものです)。

イリアさんは「ティングル」「ジャパニーズ・ラヴァーズ」という2枚のソロ・アルバムを作りました。もちろん僕も両方買いました。

「ティングル」では「27分の恋」に参加した戸田誠司さんと再び組み、共同プロデュースで仕上げたアルバムで、演奏は鈴木智文さん、福原まりちゃん、中原信雄さんといったムーンライダーズ周辺にいた人達に土屋昌己さんなどが加わっています(土屋さんはガールズの時も喜んでシングルB面のギターを弾いてくれたという間柄です)。サウンドは戸田さん&福原さんのグループ「Shi-Shonen」のアルバム「2001年の恋人達」に非常に近い音です。

「ジャパニーズ・ラヴァーズ」は名前の通りラヴァーズ・ロックをコンセプトにしたイギリス録音のレゲエ・アルバムで「ジェニーはご機嫌ななめ」のレゲエ・ヴァージョンが入っていて、ジューシィ時代にカヴァーしたザ・ピーナッツの「ふりむかないで」も改めて取り上げています。イリアさんのお子さんの写真が封入されていますが、このアルバムを出した後に音楽活動を休止し、子育てに専念しているという事です。

今では奥さん&お母さんとして幸せに暮らしているそうですが、またたまに歌って欲しいと思います。「ギュイーン!」と唸ったリードギターもぜひまた弾いて欲しいです。

トシさんのお話によると、今でもメンバー4人で年に1度くらい集まって飲みに行ったりしているそうです。素敵な事です。

●21世紀の新譜

そうそう、肝心な事を書かなくちゃ。ジューシィ・フルーツの4人は2001年に再び集まり、1枚のマキシ・シングルを発表しています。「ジェニーはご機嫌ななめ」「ビート・タイム」「恋はベンチシート」を最新のアレンジでリリースしました。「ジェニーはご機嫌ななめ」はCGによるビデオクリップも作られました。

僕も大喜びで買いましたが、ライヴは行われず、さほど話題にはなりませんでした。思えば、僕のようにマニアックなファンというのが少なかったバンドだったのかもしれません。当時、僕の周りにはジューシィを熱心に聴いていた人が結構いたんですけどね。

ライヴも新曲もありませんでしたが、こうしてシングルという形で作品が残ったのはとても嬉しい事でした。プロデューサーである松江潤さんの熱烈な呼びかけがあって再び4人が集まったというのもジューシィらしいです(メンバー本人達からは再結成の話など全く出ないと思いますので)。ビデオクリップもジャケットも全部CGで、本人達の映像や写真が一切ありません。カッコイイ!

この時の柴矢さんのインタビューは非常に読み応えがあります。テレビの企画で「4人で出演してくれないか」という依頼も全部断っているそうで、こういうところも実にジューシィらしくてシビれます。僕もテレビの企画で再結成したジューシィを見たいとは全く思いません。

再結成オフィシャル・サイト

●DVD発売

2004年6月、デビューから実に24年近くを経て、何とジューシィのDVDが発売されました。1980年にTVK(テレビ神奈川)に出た時のライヴが収められています。ファースト・アルバムに続き、セカンド・シングル「なみだ涙のカフェ・テラス」発売直前のライヴですが、これが本当に素晴らしい内容で、僕は本当に感激しました。

「雨のヒロイン」ではイリアさんが珍しくハンドマイクで歌い、バックは3人だけです。会場の観客も暖かく、大歓声に感激したのかイリアさんが涙ぐみながら歌っているのが印象的です。

「恋はベンチシート」ではエンディングで沖山さんがリフレインをしつこく繰り返し、観客全員がそれに合わせてかけ声をかけていますが、最後の沖山さんのキレ方が凄く、激しいアクションをしながらベースをかき鳴らす姿は必見です。

「そわそわストリート」はライヴ・アレンジになっていてイリアさんの長いギター・ソロが堪能できます。ギター・ソロの後にブレイクしてア・カペラになる部分など、何度見ても鳥肌が立ちます。この曲でもイリアさんは涙ぐんでいますが、それぐらい観客のノリも素晴らしいです。

このDVDを見て、演奏が上手いバンドだと改めて思いました。トシのドラムのタイトさ、沖山さんのベースの安定したプレイ、トコちゃんのエフェクトがかかったカラフルな和声のギター。イリアさんがミニスカート姿でニコニコしながらギュイーン!とリード・ギターを弾く姿は今見ても凄いインパクトがあります。チョーキング・ビブラートなど立派にキメていてさすがです。ジューシィは、この4人がいてこそのバンドだと再認識します。

個人的に面白かったのは「恋はベンチシート」のセリフ部分で、イリアさんが「あのね…」と言う度に「ウオー!」と歓声が上がる事でした。

どなたかは存じ上げませんが、このDVDを発売して下さった方に感謝いたします。素敵な贈り物を本当にありがとうございます。一生大切にして何度も何度も繰り返し楽しませていただきます。

●完全版BOXセットがほしい!

最後になりますが、ジューシィのシングルはアルバム未収録曲が多く、今では入手困難な物ばかりです。この辺もまとめてBOXセットなどの形でCD化して欲しいのですが、まずは全てのオリジナル・アルバムのCD化を望みます(もちろん最新リマスターで!)。このまま作品が埋もれて行ってしまうのは寂しいです。どうかオリジナル・アルバムと全シングル収録曲を再び世に出して下さい。お願いします。

元メンバー4人が共同で監修したBOXセットもどうか実現していただきたいです。正規盤では発売されなかったライヴテイクやデモテイクの収録や、4人への最新インタビュー(これ僕がやりたいです)、当時のツアーの日程、未公開写真付きブックレット、ライヴのセットリスト、当時の映像のDVDなどを含めた、完全版BOXセットを希望します。

長文にお付き合い下さりありがとうございました。


※ 2005年11月追記
イリアさんがこのコーナーの文章をお読みになり、とても感激して下さったそうです。僕の方こそ感激です。ファン冥利につきます。イリアさん、きっかけを作って下さったエンジーさん、感謝いたします。改めて、ジューシィばんざい!

※ 2006年7月追記
ジューシィの使用楽器を追記する際、高木利夫さんご本人に使用ドラムの詳細を教えていただき、こちらへ掲載する事にも快諾して下さいました。感謝いたします。ありがとうございました。

※ 2007年9月追記
その後、僕は高木利夫さんとスタジオに入って一緒に演奏したり、ライヴをやったりするようになりました。すべてはここに書いた文章がきっかけです。